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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)46号 判決 1998年7月21日

奈良県北葛城郡河合町大字川合101番地の1

原告

株式会社ヒラノテクシード

代表者代表取締役

中川久明

訴訟代理人弁理士

蔦田正人

蔦田璋子

大阪府大阪市西区西本町1丁目10番10号

被告

井上金属工業株式会社

代表者代表取締役

井上忠義

訴訟代理人弁護士

内田敏彦

同弁理士

後藤文夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成7年審判第17312号について平成9年2月13日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「熱処理装置」とする特許第1909691号発明(平成2年3月26日出願、平成7年3月9日設定登録。以下「本件特許」といい、その発明を「本件発明」という。)の特許権者である。

被告は、平成7年8月11日、本件特許を無効とすることについて審判を請求をした。

特許庁は、この請求を同年審判第17312号事件として審理した結果、平成9年2月13日本件特許を無効とする旨の審決をし、その謄本は、平成9年2月24日原告に送達された。

2  本件発明の特許請求の範囲

(1)  平成8年6月26日付け第2回訂正請求(以下「本件訂正請求」という。)前の特許請求の範囲

熱処理室であるケーシングに設けられた送風装置と、

送風装置からの風を加熱する加熱装置と、

前記ケーシングの前後方向に走行する布帛等の帯状物に対し幅方向に延在しかつ帯状物との対向面に吹出し口を有した複数個のノズルボックスと、

加熱装置からの熱風を複数個の前記ノズルボックスヘ送るダクトとよりなる熱処理装置であって、

複数個のノズルボックスを帯状物の長手方向に所定の間隔を開けて配列させ、

各ノズルボックスにおける吹出し口とは相対向する面の幅方向の中央部にダクトとの連結口を設け、

前記ノズルボックスは、

熱風の吹出し口を帯状物の幅方向と平行にスリット状に設け、

該ノズルボックスの内部に仕切り板を設けることによって吹出し口に通じる吹出し室と連結口に通じる調整室とにその内部を上下方向に区画し、

前記仕切り板に複数個の吸込孔を貫設し、

前記吹出し室内に吸込孔からの熱風をスリット状の吹出し口に案内する案内壁をノズルボックスの幅方向に沿って設けた

ことを特徴とする熱処理装置。(別紙1第1図及び第2図参照)

(2)  本件訂正請求に係る特許請求の範囲

熱処理室であるケーシングに設けられた送風装置と、

送風装置からの風を加熱する加熱装置と、

前記ケーシングの前後方向に走行する布帛等の帯状物に対し幅方向に延在しかつ帯状物との対向面に吹出し口を有した複数個のノズルボックスと、

加熱装置からの熱風を複数個の前記ノズルボックスヘ送るダクトとよりなる熱処理装置であって、

前記送風装置の吸込み口を、前記ケーシングの天井部及び底部における帯状物の幅方向の中央部において水平にそれぞれ設け、天井部にある吸込みの吸込み方向を下方へ向け、底部にある吸込み口の吸込み方向を上方へ向け、

複数個の上下ノズルボックスを、帯状物の上下方向においてその長手方向に所定の間隔を開けてそれぞれ配列させ、

前記ダクトを、帯状物の幅方向の中央部において、帯状物の長手方向に沿って前記上ノズルボックスの上部及び前記下ノズルボックスの下部にそれぞれ設け、

各ノズルボックスにおける吹出し口とは相対向する面の幅方向の中央部にダクトとの連結口を設け、

前記ノズルボックスは、

熱風の吹出し口を帯状物の幅方向と平行にスリット状に設け、

該ノズルボックスの内部に仕切り板を設けることによって吹出し口に通じる吹出し室と連結口に通じる調整室とにその内部を上下方向に区画し、

前記仕切り板に複数個の吸込孔を貫設し、

前記吹出し室内に吸込孔からの熱風をスリット状の吹出し口に案内する案内壁をノズルボックスの幅方向に沿って設けた

ことを特徴とする熱処理装置。

3  審決の理由

審決の理由は、別紙2審決書写し(以下「審決書」という。)に記載のとおりであって、要するに、本件訂正請求は、登録設定時の明細書及び図面に記載されていない新たな構成を限定するものであって、形式的には特許請求の範囲の減縮であっても、実質上特許請求の範囲を変更するものであるから、許されないとした上、本件発明は、甲第1、第2号証(審決時の書証番号)により当業者が容易に発明することができたものと認められるから、本件発明は特許法29条2項の規定に違反してなされたものであり、特許を受けることができないとした。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由〔Ⅰ〕(経緯・本件発明の要旨)のうち、2頁3行から6行の「あって、」までは認め、その余は争う。

同〔Ⅱ〕(請求人の主張)、同〔Ⅲ〕(被請求人の主張)及び同〔Ⅳ〕(請求人の適格性について)は認める。

同〔Ⅴ〕(訂正請求の適否)のうち、審決書6頁16行ないし10頁6行及び11頁12行ないし12頁1行は認め、その余は争う。

〔Ⅳ〕(無効理由について)は認める。

〔Ⅶ〕(結び)は争う。

審決は、本件訂正請求の適否についての判断を誤ったため本件発明の要旨の認定を誤ったものであるから、違法なものとして取り消されるべきである。

(取消事由)

(1) 本件訂正請求に係る特許請求の範囲の記載中の「前記送風装置の吸込み口を、前記ケーシングの天井部及び底部における帯状物の幅方向の中央部において水平にそれぞれ設け、天井部にある吸込み口の吸込み方向を下方へ向け、底部にある吸込み口の吸込み方向を下方へ設け、底部にある吸込み口の吸込み方向を上方へ向け」のうち、「送風装置の吸込み口」及び「水平」との構成は、本件発明の登録設定時の図面(以下「登録設定時図面」といい、明細書についても同様に略称する。)第2図(別紙1参照)に明瞭に示されている。

<1> 甲第3号証(登録設定時図面第2図に説明のため符号を朱書したもの。別紙3参照)にあるように、天井部に設けられた符号20で示される送風装置ないしファンの下部において、その形態からして明らかに羽根車と認識できる部材Aが、同じくその形態からして明らかに軸と認識できる部材Bにより中心を支持されている。上部ダクト34aの壁部Cはハッチングによりその断面が表示されているが、羽根車Aの真下の位置Dにおいては、このような壁部が表示されていないので、上部ダクト34aはDの箇所において開口していることが明らかである。そして、開口Dの周縁Eは断面U字状に上方に折り返されている。このようなU字形の折返し部は、送風機において空気を流入させるための案内部材として周知の形態である。以上のことを総合して考えると、登録設定時図面第2図において、開口Dが送風機ないしファン20の吸込み口に相当することが明らかである。

<2> 本件訂正請求の前後を通じ、本件発明は、熱処理装置は水平に配置されたものに限られる。したがって、熱処理装置と平行に図示された吸込み口も水平であり、帯状物も水平に走行するものである。

すなわち、熱処理装置は水平設置されているものがほとんどであり、アーチ式ないし順次傾斜配置のものは例外的なものである(甲第8号証の1ないし38-公開特許公報等)。水平姿勢で設置されるのが一般的であるものにおいては、これを表現する際に、わざわざ水平であると表現することはない。そして、登録設定時のすべての図面において、熱処理装置は、水平に配置された状態で図示されており、送風装置ないしファンの吸込み口もこれと平行に配されている。

<3> 底部に設けられた符号22により示される送風装置ないしファンについても、前記の送風装置ないしファン20と同様のことがいえる。

<4> そうすると、登録設定時図面第2図には、「送風装置の吸込み口を・・・水平にそれぞれ設け、天井部にある吸込み口の吸込み方向を下方へ向け、底部にある吸込み口の吸込み方向を上方に向け」たものが明示されているということができる。

(2)<1> 被請求人(原告)の意見書における第1点(設定登録時図面第1図(別紙1参照)の斜視図のファン20において、上面及び側面に吸込口がなく、第2図(別紙1参照)にはファン20の底部が開口しているから、吸込口が下方に向かって設けられていることが明確であること)については、甲第4号証(小原淳平編「100万人の空気調和」)によれば、送風機は軸方向に吸込んだ空気を軸方向に送風するか(軸流送風機)、軸方向に吸込んだ空気を羽根車の回転方向に送風するか(遠心送風機)の2種類しかないから、図面において円筒状に示されるファン20のケーシングの側面、すなわち直径方向から空気を吸込むことはあり得ない。したがって、審決の上記第1点についての判断(審決書10頁7行ないし13行)は誤りである。

<2> また、同意見書における第2点(登録設定時図面第3図(別紙1参照)のリターンエアーは、ファン20の方向に矢印で記載され、登録設定時明細書6欄43行ないし46行に「すなわちリターンエヤーは・・・天井部に設けられたファンの位置に戻ってくる」と記載されていること)については、吸込み口が下方に設けられていないとすれば、吸込み口は側面になければならないはずであるが、これは上記<1>に記載の理由によりあり得ないところである。

<3> 被告は、「天井部にある吸込み口の吸込み方向を下方へ向け、」との表現について、これは、空気を上方から下方に向かう方向に吸い込むことを意味すると主張する。

しかし、上記表現は、単に「吸込み口を下方へ向け」の表現では吸込み口の何が下方へ向いているかが明瞭でないため採用されたものであって、天井部の吸込み口の配設方向、すなわち、吸込み口が下方に向いて配設されていることを意味するものである。

仮に上記表現が充分な明瞭さを欠くとしても、天井部の吸込み口は空気が下方から上方に吸い込まれるように下向きに設けられていることは、設定登録時図面第2図(別紙1参照)を参酌することにより、十分理解できるものである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  認否

請求の原因1ないし3は認め、同4は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張のような誤りはない。

2  反論

(1)  登録設定時図面第2図(別紙1参照)を見ても、送風装置の吸込み口それ自体が同第2図のどの部分を指すのか明瞭ではない。

(2)<1>  登録設定時明細書(甲第5号証)の特許請求の範囲に記載された発明が熱処理装置ないしケーシングが水平に配されたものに限られるとする根拠は存在しない。

まず、その特許請求の範囲には、熱処理装置の設置姿勢に関する記載は一切ない。

その発明の詳細な説明の記載中にも、熱処理装置の設置姿勢に関する記載は一切ない。登録設定時図面に記載されている熱処理装置の具体的構成は単なる実施例にすぎないものであるから、これを根拠に登録設定時の本件発明が水平に配されたものに限られると解することはできない。

また、登録設定時明細書は、装置各部の位置や方向に関しては、「ケーシングの前後方向」、「帯状物の幅方向」、「帯状物の長手方向」というように、ケーシング又は帯状物との関係における相対的表現を採っており、これにより本件発明の熱処理装置が傾斜して配置された場合にも装置内部の各部相互の位置関係は不変であることを暗に示している。

さらに、本件発明の属する技術分野において、布帛等の帯状物に熱風を当てて熱処理及び乾燥を行う熱処理装置の配置様式としては、従来より水平配置のほかに、アーチ式配置ないし順次傾斜配置が知られている(乙第1ないし第3号証一原告の製品案内、公開特許公報等)。また、加工技術研究会の1991年7月10日発行に係る「加工機械関連機器総覧’91」(乙第9号証)中の原告の製熱処理装置の紹介箇所においても、92頁下段の「銅箔コーティングマシン」や93頁上段の「シリコンコーティングマシン」及び同頁中段の「粘着、接着剤コーティング・ラミネートマシン」など帯状物用の熱処理装置がアーチ式に配置された写真が掲載されているが、熱処理装置が水平配置されている写真は同号証92頁中段の「磁気テープコーティングマシン」のみである。

原告は、アーチ式ないし順次傾斜配置されているものは例外であることを証明するために甲第8号証の1ないし38を提出するが、これらは、甲第8号証の33を除き、いずれも熱処理の対象を「布帛」又は布帛の概念に含まれる「織物」や「編物」とする熱処理装置に関する特許又は実用新案公報類であって、布帛以外の紙、フィルムあるいはこれらの複合物、加工物等の帯状物を処理対象とする熱処理装置に関するものは甲第8号証の33のみである。

したがって、甲第8号証の1ないし38を加味しても、布帛以外の帯状物を処理対象とする熱処理装置においては、水平配置の方がむしろ例外であることが明白である。

<2>  そうすると、設定登録時図面第2図(別紙1参照)から明らかになることは、該吸込み口が「ケーシングの天井部又は底部と平行」になっていることのみであり、該吸込み口が水平であることまでは明瞭ではない。

<3>  上記と同じ理由により、本件訂正請求に係る特許請求の範囲についても、これを熱処理装置ないしケーシングが水平に配されたものに限られると解する根拠は存在しない。

(3)  本件訂正請求に係る特許請求の範囲にいう「天井部にある吸込み口の吸込み方向を下方に向け」とは、動作対象である空気を上方から下方に向かう方向に吸い込むことを意味する。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立は、いずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本件発明の特許請求の範囲)及び同3(審決の理由の記載)については、当事者間に争いがない。

そして、審決の理由〔Ⅳ〕(請求人の適格性について)及び〔Ⅵ〕(無効理由について)は当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。

(1)  審決の理由〔Ⅴ〕(訂正請求の適否)のうち、審決書6頁16行ないし10頁6行(本件訂正請求の内容等)及び11頁12行ないし12頁1行(第1回訂正請求の取下げ)は当事者間に争いがない。

(2)<1>  本件発明の登録設定時の特許請求の範囲には、単に「熱処理室であるケーシング」、「を特徴とする熱処理装置」とあるだけで、それ以上の設置姿勢に関する限定はないから、登録設定時の特許請求の範囲は、水平配置の熱処理室であるケーシングだけでなく、アーチ式配置ないし順次傾斜配置の熱処理室であるケーシングも含むものと認められる。

<2>  原告は、水平配置のものに限られる根拠として、熱処理装置は水平設置されているものがほとんどであり、アーチ式配置ないし順次傾斜配置のものは例外的なものである(甲第8号証の1ないし38-公開特許公報等)であり、登録設定時のすべての図面において、熱処理装置は水平に配置された状態で図示されている旨主張する。

しかしながら、乙第2号証(特開昭62-171772号公報)及び乙第3号証(実開平1-156775号公報)によれば、それらの公報には、アーチ式に設けられた熱風乾燥装置が図示されていることが認められ、さらに、乙第1号証によれば、原告の昭和57年10月ころ発行の製品案内においても、水平設置の機械と並んで、多くのアーチ式に設置されたフィルム・紙用塗工機やドライラミネーターが登載されていることが認められるから、甲第8号証の1ないし38の特許公報等が存在するからといって、本件発明の出願当時の熱処理装置は水平設置のものが大多数を占め、特許請求の範囲において格別の限定をしなくとも、当業者は特許請求の範囲の記載を必ず水平設置のものと理解すると認めることはできない。

また、登録設定時の図面に水平設置の熱処理装置のみが図示されている点も、それは飽くまで実施例として記載されているにすぎないから、この点から本件発明の登録設定時の特許請求の範囲に記載された熱処理装置は水平に設置されたものに限られると解することはできない。

そもそも、甲第5号証によれば、本件発明の登録設定時明細書には、「(従来の)ノズルボックスにおいては、ノズルボックスとダクトとの連結口がノズルボックスの幅方向より小さい場合には、ノズルボックスの幅方向の風速誤差を小さくすることは困難であった。」(3欄11行ないし14行)、「該ノズルボックスの内部に仕切り板を設けることによって吹出し口に通じる吹出し室と連結口に通じる調整室とにその内部を上下方向に区画し」(3欄31行ないし33行)、「これにより、ダクトからの風は、調整室内部で幅方向に熱風が広がるため、スリット状の吹出し口から吹出された場合に帯状物の幅方向全体に渡ってまんべんなく熱風が噴射される。」(3欄45行ないし48行)と記載されていることが認められ、そのようなノズルボックスの発明は、水平に設置された熱処理装置においてだけでなく、アーチ式等に設置された熱処理装置においても同様に使用することができるものと認められるし、また、登録設定時明細書の発明の詳細な説明の欄や他の図面には、送風装置の吸込み口の設置方向やその技術的意義についての記載や示唆は見いだせないものである。

<3>  したがって、登録設定時の本件発明においては、熱処理装置は水平に配置されたものに限られるとの原告の主張は採用することができない。

そうすると、原告主張のとおり、登録設定時図面第2図(別紙1参照)が送風装置の吸込み口を水平に設けることを示しているとしても、同第2図によれば、熱処理室であるケーシングも水平に設置されていることが認められるから、同第2図は水平に設置された熱処理室であるケーシングの場合に送風装置の吸込み口を水平に設けることを示しているにとどまるといわざるをえず、登録設定時明細書及び図面には、熱処理室であるケーシングがアーチ式等に配置された場合に、送風装置の吸込み口を水平に設けるのか、それとも送風装置と平行に設けるのかの点については開示も示唆もないといわなければならない。

(3)<1>  同様に、本件訂正請求に係る特許請求の範囲にも、単に「熱処理室であるケーシング」とあるだけで、それ以上の限定はないから、本件訂正請求に係る特許請求の範囲は、水平配置の熱処理室であるケーシングだけでなく、アーチ式等に配置された熱処理室であるケーシングも含むものと認められる(なお、本件訂正請求書(甲第2号証)中の発明の詳細な説明の欄にも、送風装置の吸込み口を水平に設けることの技術的意義を説明した箇所は見いだせない。)。

<2>  そうすると、本件訂正請求に係る特許請求の範囲は、「送風装置の吸込み口を・・・水平に・・・設け」と規定することにより、熱処理室であるケーシングが水平に設置された場台だけでなく、アーチ式等に設置された場合においても、送風装置の吸込み口を水平に設けることを規定したこととなるところ、登録設定時明細書及び図面において、熱処理室であるケーシングがアーチ式等に設置された場合に送風装置の吸込み口が水平に設けられるものが、それとも、送風装置と平行に設けられるものかについては開示も示唆もされていないことは、前記(2)に説示のとおりであるから、本件訂正請求は、吸込み口の吸込み方向に関する点について判断するまでもなく、登録設定時明細書及び図面に記載されていない新たな構成を限定するものであって、形式的には特許請求の範囲の減縮であっても、実質上特許請求の範囲を変更するものであり、許されないといわなければならない。

(4)  したがって、これと同旨の審決の訂正許否についての判断に誤りはなく、原告主張の取消事由は理由がない。

3  よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する(平成10年7月7日口頭弁論終結)。

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

別紙1

14……押入口

16……送出口

18……順き感

20……ファン

22……ファン

24……ノズルボックス

26……ノズルボックス

28……コンベアー

30……吹出し口

32……連結口

34……ダクト

36……熱交換器

48……ダクト

104……ノズル部

106……ノズルペース

120……吹込み孔

122……吹込み孔

124……調整室

126……吹出し室

128……室内部材

130……ノズルボックス

132……仕切り面

<省略>

<省略>

平成7年審判第17312号

審決

大阪市西区西本町1丁目10番10号

請求人 井上金属工業 株式会社

大阪府大阪市北区梅田1丁目2番2-1200号 大阪駅前第2ビル12階

代理人弁理士 内田敏彦

奈良県北葛城郡河合町大字川合101番地の1

被請求人 株式会社 ヒラノテクシード

大阪府大阪市中央区瓦町1丁目7番1号 第百生命大阪瓦町ビル8階蔦田内外国特許事務所

代理人弁理士 蔦田璋子

大阪府大阪市中央区瓦町1丁目7番1号 第百生命大阪瓦町ビル8階蔦田内外国特許事務所

代理人弁理士 蔦田正人

上記当事者間の特許第1909691号発明「熱処理装置」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。

結論

特許第1909691号発明の特許を無効とする。

審判費用は、被請求人の負担とする。

理由

[Ⅰ](経緯・本件発明の要旨)

本件特許第1909691号は、平成2年3月26日に出願され、平成6年5月11日に出願公告(特公平6-35709号公報)され、平成7年3月9日に設定登録されたものであって、本件発明の要旨は明細書および図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載された次のとおりのものと認められる。

「熱処理室であるケーシングに設けられた送風装置と、

送風装置からの風を加熱する加熱装置と、

前記ケーシングの前後方向に走行する布帛等の帯状物に対し幅方向に延在しかつ帯状物との対向面に吹出し口を有した複数個のノズルボックスと、加熱装置からの熱風を複数個の前記ノズルボックスヘ送るダクトとよりなる熱処理装置であって、複数個のノズルボックスを帯状物の長手方向に所定の間隔を開けて配列させ、

各ノズルボックスにおける吹出し口とは相対向する面の幅方向の中央部にダクトとの連結口を設け、前記ノズルボックスは、熱風の吹出し口を帯状物の幅方向と平行にスリット状に設け、

該ノズルボックスの内部に仕切り板を設けることによって吹出し口に通ずる吹出し室と連結口に通じる調整室とにその内部を上下方向に区画し、

前記仕切り板に複数個の吹込孔を貫通し、

前記吹出し室内に吹込孔からの熱風をスリット状の吹出し口に案内する案内壁をノズルボックスの幅方向に沿って設けた

ことを特徴とする熱処理装置」(以下、「本件発明」という。)

なお、被請求人が提出した平成7年10月27日付けの第1回目の訂正請求、および、平成8年6月26日付けの第2回目の訂正請求は、[Ⅴ]項に述べるように採用できない。

[Ⅱ](請求人の主張)

本件発明に対して、請求人は上記結論同旨の審決を求め、その理由として、甲第1~4号証および甲第7~10号証のを提出し、本件発明が、その出願前に頒布された上記各甲号証に基づいて容易になし得たものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、無効とされるべきであると主張している。

[Ⅲ](被請求人の主張)

一方、被請求人は、本件審判の請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求め、請求人には利害関係が無く、請求人としての適確性を欠くものであり、また、請求人が主張する無効の理由によって本件発明が無効になるものではない旨を主張している。

[Ⅳ](請求人の適確性について)

被請求人は、請求人の適確性が欠いていると主張しており、本件審判請求が成立するか否かが問題となるので、まず、請求人の適確性について検討する。

被請求人の主張の概要は、現在請求人とは係争関係になく、本件特許発明に対して利害関係を有していなというものである。

これに対して、請求人は次の甲第7、8号証を提出して請求人適確を有すると主張しており、上記各甲号証の証拠方法およびその内容は、次のとおりである。

(1)甲第7号証:「加工機会・関連機器総覧’91」加工技術研究会発行1991.7.10、第100~103頁

上記証拠には、請求人の営業品目を紹介しており、その一つとして「INOKIN FP・Hi-Floatドライヤー」が、「基材をフローティング状態で両面を同時に乾燥及び熱処理する装置」であることが記載されている。

(2)甲第8号証:請求人が作成した「技術導入契約の変更に関する報告書」抜粋

上記証拠には、請求人とダブリー・アール・グレース・アンド・カンパニーとが技術導入契約をしたことが記載されている。

そして、請求人は、本件特許発明と同種である甲第7号証の「熱処理装置」を製造販売の対象とする同業者であって、甲第7号証の「熱処理装置」は請求人の技術提携先であるダブリー・アール・グレース・アンド・カンパニーによる特許出願の出願公開公報の甲第1号証と同一のものであって、利害関係を有する旨主張している。

そこで検討すると、甲第7号証より、請求人が営業品目としいる「基材をフローティング状態で両面を同時に乾燥及び熱処理する装置」は、本件特許発明と技術分野を同じくすることは明らかであり、また、甲第8号証により、本件特許発明と同じ技術分野の出願人であるダブリー・アール・グレース・アンド・カンパニーが、請求人にとって技術導入契約をした提携先であることも明らかであるから、請求人が本件特許発明と利害関係を有し、請求人適確を有するものと認められる。

[Ⅴ](訂正請求の適否について)

被請求人は、願書に添付した明細書及び図面に対して平成7年10月27日に第1回目の訂正請求を、平成8年6月26日に第2回目の訂正請求をし、これに対して、当審において訂正拒絶理由を通知し、更に被請求人は平成8年11月11日付けで意見書を提出した。

なお、請求人も、第1回弁駁書において第1回目の訂正請求が不適法であり、第2回弁駁書において甲第13号証を提出して、第2回目の訂正請求も不適法である旨主張している。

被請求人は、上記意見書において、乙第1号証~乙第7号証を提出して、第1回目の訂正請求をさらに訂正する第2回目の訂正請求が、適法である旨を主張しており、被請求人の提示した証拠方法は次のとおりである。

(1)乙第1号証:「機械工学便覧」社団法人日本機械学会発行 昭和52.7.15、第1~10頁

(2)乙第2号証:「機械図集 送風機・圧縮機」社団法人日本機械学会発行 昭和51.1.31、第4頁、第38~39頁

(3)乙第3号証:「乾燥装置マニュアル」日刊工業新聞社発行 昭和53.5.30、第162~165頁

(4)乙第4号証:「機械工学基礎講座7流体機械」朝倉書店発行昭和54.2.20、第104~108頁

(5)乙第5号証:「誰でもわかる解説と演習 流体力学と流体機械の基礎」啓学出版株式会社発行 1977.12.15、第225~228頁

(6)乙第6号証:「JIS工業用語大事典」財団法人日本規格協会発行1983.2.1、第123頁、第1027~1335頁

(7)乙第7号証:「100万人の空気調和」オーム社書店 昭和54.4.10、第129~131頁

そして、上記拒絶理由および意見書の内容はおおよそ以下のとおりである。

まず、第2回目の訂正拒絶理由の概要は、『訂正しようとする「熱処理装置であって、前記送風装置の吸込み口を、前記ケーシングの天井部及び底部における帯状物の幅方向の中心において水平にそれぞれ設け、天井部にある吸込み口の吸込み方向を下方へ向け、底部にある吸込み口の吸込み方向を上方に向け、複数個の上下ノズルボックスを、帯状物の上下においてその長手方向に所定の間隔を開けてそれぞれ配列させ、前記ダクトを、帯状物の幅方向の中央部において、帯状物の長手方向に沿って前記上ノズルボックスの上部及び前記下部ノズルボックスの下部にそれぞれ設け」た構成において、登録設定時の明細書には「送風装置」あるいは「ファン20、22」とあるだけで、「送風装置の吸込み口」および「水平」との文言はなく、ましてや「吸込み口」に関する説明の記載はない。また、第2図、第3図には「ファン20、22」と図示されたものの付近に、「吸込み口」らしきものが図示されているが、第2図、第3図が断面だけであって、明確に読み取れるものではない。

したがって、上記の訂正は、登録設定時の明細書および図面に記載されていない新たな構成を限定するものであって、形式的には特許請求の範囲の減縮であっても、実質上特許請求の範囲を変更するものであるから、特許法第134条第5項で準用する特許法第126条第3項の規定に適合しない。』というものである。

これに対して、上記意見書の概要は、『第(1)点として、第1図の斜視図のファン20において、上面および側面に吸込口がなく、第2図にはファン20の底部が開口しいるから、吸込口が下方に向かってもうけられていることが明確であること、第(2)点として、第3図のリターンエアーは、ファン20の方向に矢印で記載され、明細書14頁5~9行に「すなわちリターンエヤーは~~天井部に設けられたファンの位置に戻ってくる」と記載されていることから、上記の訂正の構成は、登録設定時の明細書および図面に記載から明確に読み取れる』というものである。

そこで検討するが、上記意見書の第(1)点については、第1図は斜視図であって、側面の全てが見えているわけでもなく、底部の詳細が図示されているわけでもないから、吸込口が下方に向かって設けられていることも想定できるが、見えていない側面に設けられていることも否定できず、明確に断定できるものではない。また、第(2)点についても、確かに、リターンエヤーは天井部に設けられたファンの位置に戻ってくるとの記載は認められるが、だからといって、この記載だけからは、吸込口が下方に向かって設けらているとは限定できない。

更に、羽根車の軸方向から空気を吸い込み、羽根車の回転方向に送風するファンは、遠心ファンと言われその構造は技術常識であるとして、乙第1号証~乙第7号証(各乙号証には、気体が羽根車の半径方向に通過して昇圧する、いわゆる遠心ファンについて記載されている。)を提出しているが、本願明細書にファン20が遠心ファンであるとする記載はない。

そもそも、特許請求の範囲に記載する構成は、特許権として公に行使されるのであるから、当初から構成に伴う作用も含めて明確に記載されている必要がある。

したがって、上記意見書の内容を検討しても拒絶の理由は解消しておらず、上記の第2回目の訂正請求は採用できない。

また、被請求人は、上記の第1回目の訂正請求が拒絶理由において「上下の一方のみに送風機を設けた構成は登録設定時の明細書および図面のどこにも記載されておらず、ましてや、上下の一方のみに送風機を設けた構成による作用・効果は記載されていない。」と指摘されたために第2回の訂正請求を行った(平成8年11月11日付け意見書2頁(2)項)としており、第1回目の訂正請求は実質的に取下げられたものとみなされるから、第1回目の訂正請求も採用できない。

[Ⅵ](無効理由について)

次に、請求人は、甲第1~6号証および甲第9~12号証を提出し、本件発明が、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、無効とされるべきであると主張しているので、この点について検討する。

[Ⅵ]-1(請求人の提示した証拠方法)

請求人の提示した甲第1~2号証の証拠方法およびその内容、並びに、甲第3~6号証、甲第9~12号証の証拠方法は次のとうりである。

(1)甲第1号証:特開昭61-197343号公報(昭和61年9月1日公開)

上記証拠には、「熱処理室であるケーシング22に設けられた循環ファン20と、循環ファン20からの風を加熱する加熱装置と、ケーシング22の前後方向に走行するシート材Eに対し幅方向に延在しかつシート材Eとの対向面に噴出スリット11を有した複数個のノズル箱6と、加熱装置からの熱風を複数個のノズル箱6へ送るガス供給ヘッダー22、23およびガス供給箱7、8からなる乾燥装置であって、

複数個のノズル箱6をシート材Eの長手方向に所定の間隔を開けて配列させ、

各ノズル箱6における噴射スリット11とは相対向する面の幅方向の中央部にガス供給箱7、8との連結口を設け、

ノズル箱6は、噴射スリット11をシート材Eの幅方向にスリット状に設けた装置」が図面とともに記載されている。

(2)甲第2号証:特開平2-25334号(平成2年1月26日公開)

上記証拠には、「熱処理装置であるウェブドライヤー内に用いいるエアフローテイションバーであって、エアロフローテンションバー10は、コアンダスロット34、35、38をウェブの幅方向と平行にスリット状に設け、エアロフローテンションバー10の内部に拡散プレート100を設けることによってコアンダスロット33、36、38に通ずる第2上方拡散空気流動室106と空気入り口40に通ずる下方空気流動室104とに内部を上下方向に区画し、拡散プレート100に複数個の穴102a~102nを貫設し、第2上方拡散空気流動室106内に穴102a~102nからの熱風をスリット状のコアンダスロット33、36、38に案内する支持通路部材90をエアロフローテンションパー10の幅方向に沿って設けた装置」が図面とともに記載されている。

(3)甲第3号証:特開平2-26742号公報

(4)甲第4号証:特開平2-26743号公報

(5)甲第5号証:特開昭63-311079号公報

(6)甲第6号証:特開平2-39939号公報

(7)甲第9号証:特開昭52-19361号公報

(8)甲第10号証:「乾燥装置マニュァル」日刊工業新聞社発行、昭和53.5.30、第35~39頁

(9)甲第11号証:特開昭58-168879号公報

(10)甲第12号証:特開平1-99665号公報

[Ⅵ]-2(対比)

そこで、本件発明(以下、「前者」という。)と甲第1号証の発明(以下、「後者」という。)とを比較検討するが、後者の「循環ファン(20)」は、前者の「送風装置(20)、(22)」に相当し、同様に、「シート材E」は「帯状物F」に、「噴出スリット(11)」は「吹出し口(30)」に、「ノズル箱(6)」は「ノズルボックス(24、26)」に、「ガス供給ヘッダ(22、23)及びガス供給箱(7)、(8)」は「ダクト(48)」に、「乾燥装置」は「熱処理装置」にそれぞれ相当するから、結局、両者は

「熱処理室であるケーシングに設けられた送風装置と、

送風装置からの風を加熱する加熱装置と、

前記ケーシングの前後方向に走行する布帛等の帯状物に対し幅方向に延在しかつ帯状物との対向面に吹出し口を有した複数個のノズルボックスと、加熱装置からの熱風を複数個の前記ノズルボックスヘ送るダクトとよりなる熱処理装置であって、複数個のノズルボックスを帯状物の長手方向に所定の間隔を開けて配列させ、

各ノズルボックスにおける吹出し口とは相対向する面の幅方向の中央部にダクトとの連結口を設け、前記ノズルボックスは、熱風の吹出し口を帯状物の幅方向と平行にスリット状に設けたことを特徴とする熱処理装置」において一致し、次の点で一応相違する。

前者が、ノズルボックスの内部に仕切り板を設けることによって吹出し口に通ずる吹出し室と連結口に通じる調整室とにその内部を上下方向に区画し、仕切り板に複数個の吹込孔を貫通し、吹出し室内に吹込孔からの熱風をスリット状し口に案内する案内壁をノズルボックスの幅方向に沿って設けた構成であるのに対して、後者にはこの点の記載がない点

[Ⅵ]-3(相違点の検討)

次に、上記相違点について検討するが、それに先だって、甲第2号証をさらに検討する。

甲第2号証の熱処理装置の「エアフローテイションバー(10)」は、本件発明の「ノズルボックス(24)、(26)」に相当し、同様に「ウェブ」は「帯状物」に、「拡散プレート(100)」は「仕切板(132)」に、「コアダンスロット(34)、(36)、(38)」は「吹出し口(30)」に、「第2上方拡散空気流動室(106)」は「吹出し室(126)」に、「空気入り口(40)」は「連結口(32)」に、「下方空気流動室(104)」は「調整室(124)」に、「穴(102a)~(102n)」は「吹込孔(120)」に相当する。

そうであると、甲第2号証には、実質的に、ノズルボックスの内部に仕切り板を設けることによって吹出し口に通ずる吹出し室と連結口に通じる調整室とにその内部を上下方向に区画し、仕切り板に複数個の吹込孔を貫通し、吹出し室内に吹込孔からの熱風をスリット状し口に案内する案内壁をノズルボックスの幅方向に沿って設けた熱処理装置が記載されているものと認められる。

したがって、甲第1号証の発明が本件発明と相違する上記相違点の構成は、甲第2号証に開示されており、甲第1号証の発明と甲第2号証の発明とは共に熱処理装置の送風機構に関するのもであるから、甲第1号証のノズルボックスの構成として甲第2号証の構成を用いることは、当業者が必要に応じて適宜なしうる設計的事項にすぎず、これによる効果も予測される範囲を越えるものではない。

なお、請求人は甲第2号証の発明のノズルボックスの構成が複雑であり、本件発明のノズルボックスの構成とは異なる旨主張しているが、本件発明も甲第2号証のフランジ部材(56)、(58)を積極的に排除するものではなく、甲第2号証の「拡散プレート(100)」も空気流を均一に拡散するものであって、この点で両者のノズルボックスの作用・効果に格別の相違は認められない。

[Ⅵ]-4

したがって、、上記の相違点は設計的事項にすぎないから、本件発明は、請求人の提出した甲第1号証、および、甲第2号証の刊行物から当業者が容易に発明することができたものという外はなく、本件発明は特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、特許を受けることができない。

[Ⅶ](結び)

以上のように、本件発明は特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであるので、本件特許は無効とすべきものであるから、結論のとおり審決する。

平成9年2月13日

審判長 特許庁審判官

特許庁審判官

特許庁審判官

別紙3

<省略>

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